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でもスーパー行ってたけどね。
(こらこら)
まぁどうにか人が住める状態になり(本が…いまだに…かたずかな…カハッ)。
で。
家がひと段落したら、会社のほうが自社も派遣先もてんやわんやになっています。
なんか、ひどくね?
私疲れたまんまなのにさらに重圧を乗せてくるかてめーこんちきしょー、な状態になっています。
てか派遣先は良いんだ、もともと進めていたのが地震で大変なことになって一時中断だったから。それの再開くらいどうってことないさ。責任者なのももともとだし。
問題は自社だよ。
昇格したら余計な仕事がついてまわって、今帰ってきてから自社作業なんだよね。てかぶっちゃけ休みの日も自社作業ね。
当然家での事務作業は時間外すらつけさせてもらえないという悲しさね。
ありえな~~~~い!!!!
残業なのに、残業なのに、残業なのに…。労働監督省に駆け込めば良いの?
それとも早くにおさらばすれば良いの?
とか本気で思いたくもなる。
会社なんて守ってくれないしね、個人なんざ。不利益になればポイ捨てだものね。そういう先輩何人も見てきたわ。
っていう心境で。
復帰はいつになるやら。あぁでも萌はサイトめぐりと自費出版の薄い本(あえてこう言ってみた)で補充はしているんだけど。なかなか自分の時間はさっぱりです。
はー、世知辛い。
つーか会社はもうだめなんかなぁとぼんやり思い始めているよ…。やばいなぁ。
ぼちぼち下水も仮復旧しているようです。
けれど。
道路をあげてから傾きの工事が始まるのでいつまでかわからないというね。
今も家の前で工事中です。
本当にご苦労様です。
しばらく忙しいので、てんやわんやです。
はーどっこい。
癒しは友人達との対話ですよ、ホント。
しばらくは萌萌してられませんです。
さてさて、原発は落ち着きませんね。良い方向へはまだ向かっていませんね。
それでも原発推進する人々がいるというのが理解しかねます。自分がそんなに大事なの?
都知事選の立候補の中にもそういう人がいるし、世論では約半数が原発は必要といっているようです。
新たにはいらない、古いのはいずれなくす方向へと考えてはもらえないんですかね。
そんなに推進するなら、東京都に作ってね。是非作ってね。だって安全なんでしょう?推進するなら。
そんでもって世論の半数さん、自分の地域に作ってね。そして24時間被曝してください。
イザとなったらその土地には戻れませんけど、推進しているからには良いですよね。
覚悟もないのに安易に言わないで欲しいものです。
どーせ対岸の火事と思っているんでしょうけど。
2週間が経ちました。
今住んでいるところは、残念ながら住み続けることが出来ないため新天地を探しています。
それよりも何よりも。
もう住めないと分かっていても、連絡一つよこさない不動産会社に愛想が尽きそう。
避難するしかなく、たまに見に来ることしかできないのに、「もう傾いているので、引越しをしてください」の張り紙もない。
言わなければ黙っているつもりだったのかと思うと、本当に商売根性がいやらしい。
私はもう、その会社は使わないね。
友達にも言うね。
そういうわけでしばらくあわただしくなります。
引越しは、様々な機関に住所変更したりとかしなくちゃいけなくて面倒だなぁと思っていたんですが仕方ありません。
部屋はほぼいつもどおりでも、傾いているので…
そして。
続きはやっぱりそっち方面なので後味は悪いです。
前の通り批判は甘んじて受けますが、馬鹿な意見はいりません。
まずは震災によりお亡くなりなった方、ただただご冥福を祈っております。
被災し避難を余儀なくされた方、がんばってください。私が出来ることは微々たるものですが、少しでも力になれればと思っています。
行方不明者、多数出ています。どうかどうか、見つけてください。どうかどうか、帰れますように。
私は。まぁ無事です。
地震発生以後、自宅に帰るのが困難になり、かつテレビではたいして上がっていませんがそれなりに被災しているため自宅から避難して、たまに戻ってくるという生活をしています。
実は住んでいるところが傾きまして、引越し先を探さないといけないのです。ライフラインも完全に死に絶え、復旧の目処も立っていないという。住んで相当経つ場所なだけに寂しいですが、さすがに離れるざるを得ません。家を、マンションを買ってしまった人は早々引っ越せないでしょうから、そういう意味では恵まれていると思います。
今回は、東北から関東に至るまで広範囲な激甚という言葉じゃ足らないくらいの大きな大きな災害になっています。
正直、もともと福島県に住んでいただけあって、関東方面にいる私は友人や親戚が心配でなりませんでした。特に宮城にいる友人とは連絡が取りにくい状況で、気が気ではなく、生存のメールをもらえたときは安心しました。
みなの安否が知れましたので、とりあえずはほっとしています。
ですが、震災が起こるわずか6日前に仙台を訪れていた私は、松島、塩釜、仙台駅がちらちら出るたびに買い物したところとか観光したところかが思い出されて胸が詰まります。
今度は宮城にいる友人も訪ねようと思っていました。またこよう、そう思っていました。
今は、いけなくとも、私は必ずもう一度行くつもりです。友達にも会いに行きます。今は出来るところから、私はがんばって生きたい。
さて、原発ですが。
このことについては、私は福島県に住んでいたものとして言いたいことがたくさんあります。親戚も福島に多くいます。そのため続きに記載しておきます。
決して後味が良いものではありません。批評は甘んじて受けますが、馬鹿な意見はいりません。



